いっそ、投げつけてやろうか。

うっかり胡乱なことをかんがえながら、深い海色をまとう箱のりぼんを整えた。きゅっ、とりぼんの皺をのばす度に、これをあげる男の子への恋しい気持ちが、きゅっと募って、その子が眩いあたしの知らない箱をうけとる度に、風船みたいに、しゅーんと恋心がしぼむ。 ああ、そんな彼好みそうな和菓子なんて、どこで買ってきたんだろう?美味しそう。こっそり今、彼の前で頬を染める、あの1年年下の女の子に聞いてみてしまいたい。「手作りですけど........?」なーんて鮮やかにかえされたら、恥もすてて凍りつく。

きゅっ、ともう一回りぼんをなおす。

そりゃあ、髪の感触とか、皮膚の温かさとか、はたまた寝顔とか、そういう誰にもいっちゃいけない(いいたいけど)ことを、あたしは知ってるよ。そのことに甘えてふんぞりかえってればいいよ。寧ろ、いますぐ飛んでいって、彼が手にするあの可愛らしいチョコレートの箱、箱、箱、箱(ああ、もう、どれだけもらってるの??)をことごとく、ギャグみたいに窓から投げ捨てる権利を、僭越ながらあたしはもってる。哀れ、空を舞い飛ぶチョコレート。彼はあたしのモノですけど、何か?あっち行って、オフ・リミット、せせら笑えばいい。でも、それが、あたしはできない。やっちゃあいけない。あのチョコレートの小さい粒は彼を慕う女の子たちの想いの結晶だ。一粒、一粒、彼をみつめてきた時間の分だけじっくり発酵し、熟されている。甘く、ほろ苦いのだ。そのほろ苦さをあたしも知っているから「受けとらないで」なんて、絶対言えない。彼の大きな手がそっと、包みに触れてくれるだけで、どれだけ嬉しいんだろう。彼の前にたたずむ後輩の女の子の目の端には、ほら、涙すら浮かんでいる。「受けとらないで」そんな狭量なわがままを言うぐらいなら、自分で自分を撃つわ。

St. Valentine’s Day、校舎内にはぴんく色の靄がかかり、みんな1センチういて、宙を歩いている。あたしもあたしの座席をさがして、いつものように腰を下ろすけれど、なんだかむずむずしていけない。お腹の中に蝶がいて、パタパタと煩わしく羽を震わせている。2月14日は、今日だけは、「柳のカノジョ」という座席は、たいそう座り心地が悪い。




、みっけ」

一階の歩廊に面する窓から顔をだした仁王が、中庭に隠れたあたしを発見する。起きあがり、芝生にすわったまんま上をみあげれば、白い髪の残像が目を射す。光、キラキラ眩しい。楽しげな素振りで、白さにみおろされている。「かくれてないよー」声をあげて、強がりをいってみたけど、仁王の残像がゆらいだ。あ、たぶん、笑った。 クールな詐欺師には、すっかり見透かされている。 「仁王くーん、3B一の色男はどんだけもらったのー?」照れかくしにあたしが聞くと「丸井のことか?」と、仁王はしらっと言う。 とぼけている。 「わかってるくせに」 にやにや笑う顔に、そうかえせば「色がついているかどうかは知らんが............」と苦笑して、パッと仁王は両手をひろげてみせた。十指の影が芝生に落ちる。空っぽだ。

「うっそだー!」

「ホントじゃ、なーんもない」

「絶対、ありえないぐらいもらってるて思ってた」

「どうだかのう」

「歩いてて目があった女の子全員ぐらい」

、それコワいぞ?」

「だってブン太、こーんな大荷物かかえてたよ?」

「丸井はモテるからのう」

「仁王だって」

「ピヨッ」


そしらぬふりで仁王は笑っている.......................あ、でも褒められるのはキライじゃないみたい、だってクールな顔に、すこしあどけなさがくわわった。やっぱり、仁王本当はもらってるんだろうな、とあたしは思った。ただ賢いから、そんな素振りはみせないだけなんだろう。甘いものが大好きで、バレンタインを楽しんじゃうブン太は、腕だろうが、頭だろうが、足だろうが、チョコレートのプレゼントの山をかかえて、立海中歩いても大丈夫だけど(寧ろ「丸井くんすごーい」って騒がれてたな)もし、仁王が同じことをやったら、彼を好きな女の子たちは、たぶん心の中で傷ついてしまう。仁王はわけわかんなくて、ぜんぜん読めなくって、すこーし神秘的で、きっとそんな仁王は「みんなの仁王くん」じゃあ、ダメなんだ。誰にもみせない仁王の素顔、その素顔と同じ秘密の場所に、今日女の子たちから仁王へ贈られた想いの結晶は、きっときちんと隠されている。そよそよ、瞳の上で白い毛先が午後の光にそまって輝いている。色素うすいなあ。仁王、優しいなあ。


「きちんと食べなよ?」

「んー?.................わかっとる」


やっぱり、と思って頬がほころぶ。
光に目を細め、悪戯げに仁王はいう。


「そうじゃ、知っとったか?」

「なに?」

「真田、ヤローからもらっとったぞ」

「へ?何ソレ」

「なんじゃ知らんが「アニキになってくださいっ........!」て言われとったのう」

「わー..........真田」

「二の句がつけられん、て顔しとった」

「だよね、御愁傷さまです、副部長...............」


ここだけの話、真田がもらうチョコレートの3分の一ぐらいは、男子からだ。新入生歓迎会で、テニス部代表として、あの朗々とした良い声で演説をかましてから、目下憧れの男像として一部の体育会系男子から熱烈に憧憬されている。本人はキッパリ拒否しているけれど(てゆーか戸惑っている?)チョコの数は、年々増えるばかりみたいだ。まあ、同性からきゃーきゃー言われるのは複雑だろうけど、モテることは別に悪くないのに.................ねえ?


「そうだ、幸村は?」

「ん?あー、ありゃ3個目じゃな」

「チョコ?少ないね、意外に」

「ちがうちがう、靴箱」

「へ?」

「今年も買い換えじゃな」

「あ、まさか...........?」

「おう、爆発しとった」


毎年、幸村に贈られる膨大な数のチョコを思いだして、あたしは納得する。それはもう、すごい、すごい数なのだ。もしうっかりここが山岳部で雪崩でもおきて、あの量のチョコが頭上から降ってきたら、人ひとりぐらい殺せるんじゃないか?ってぐらいだ。チョコレート殺人、窒息するビターな雪。一瞬で鬼籍へさようなら、バイバイ。物騒だ。てゆうか、多すぎるチョコレートはちょっとした暴力だ。ときどき、バレンタインて女の子が男の子になげつける甘い暴力みたいだ。あたしの暴力は、いまだ行儀よくスカートのポケットにおさまって、往き所がわからない。柳、どこにいるんだろう。もうさっきの子の告白おわったかなあ。鬱々していると、ぴん、と髪の毛をひっぱられた。


はくれんの?」

「ん?」


見れば、仁王がちょーだいと手をだしていた。そうだそうだ、と思い出して、もう片方のポケットをさぐる。ころん、としたフォルムの一口サイズのチョコが転がりでてきた。虹色の包み紙、みんなにあげようとえらんだモノだ。小さいけれど、形も可愛くて味もおいしいのだ。本当はいの一番に柳にチョコを渡したかったのだけれど、ご存知の通り、彼は他の子にかまけている。彼のせいではない、柳は義理堅いのだ、と自分にいい聞かせつつも、あたしはまた騒ぎだしたお腹のあたりにいる蝶をなだめるのに苦労する。パタパタと飛んでいって、今にもひどいコトをやらかしてしまいそうだ。気をとりなおし「ハイ、仁王」と窓際にいる仁王にチョコを渡す、うけとろうと仁王が手をのばした。

その瞬間___________
にやっと仁王が笑い、チョコごとぐっ!と強く手をひっぱられた。

びっくりするぐらい近くに引き寄せられ、すぐ目の前に仁王の顔があった、そよぐ白色の睫毛、一瞬、息もできず、あたしは呼吸を止めた。え、どう、しよう、近い、近すぎる。しなやかな指が、そっと肌に触れる。え、なんで、まさか、え 「、ありがとうさん.....」息が落ち、ゆっくりと、くちびるが頬をかする。


やばい。
これは、すごく、やばい。
近づく、仁王の瞳。



「仁、仁、仁王っ..............!!.!!!」



必死に叫んだのと、ひょいっと首根っこを掴まれたのは同時だった。一瞬で仁王が遠ざかり、ぷらーんと猫みたいにぶらさがったまま頭上を見れば、あたしを仁王からひき剥がして、柳が立っていた。


「こら、仁王」


感心しない、という表情で柳は静かに言った。悪戯を見つけられた子どもみたいに、やれやれと仁王が首をすくめる。あたしを芝生におろして、スカートについた葉っぱをパンパンと柳がはらう、ついでに仁王が触れた頬も丁寧にはらわれた。とっても気に食わない様子だった。びっくりした弾みで、芝生に落としたチョコレートを拾って、数秒検分し、そっけなく柳が仁王に放りなげた。いやーな顔をする仁王。


「なんじゃ、参謀からもらうとあんまうれしゅうないのう」

「贅沢を言うな」

「遅れて登場するとは、ずいぶん余裕がおありで」

「油断も隙もないのが、いるもんでね」

「さあて、誰のことかのう?」

「さあな?」

「.................... 」

「.................... 」

「.................... 」

「.................... 」

「................ヤキモチ焼き
( ボソッ )

「なんとでも」



行こう、とあたしを促して柳が立ちさろうとする。なんだかまだ訳がわからないままだけど、突然の詐欺師の悪戯から逃れられたことに、あたしはホッと胸をなで下ろす。よかった。びっくりしすぎて、どうなるかと思った。肩に手がそえられ、歩きながら隣を見あげると、優しく、大丈夫か?と柳が見返してくれた。憂鬱だった気持ちがふっとんで、ふわふわとした嬉しさが、胸につのる。柳がいる、ここに好きな人がきちんといる。嬉しいまま、後ろをふりむけば、立ち去るあたしたちに向かって、仁王が窓から「ハッピーバレンタイン」とひらひら手をふっていた。........仁王?もしかして....................さっきの悪戯は、わざと?かわりに、柳の気をひいてくれたの?仁王は笑って、ただ手をふっている。不思議とそうとしか思えず、あたしは心の奥で仁王に感謝した。ありがとう、あたしの勘違いでもなんでもいい、ありがとう、やっぱりうちの詐欺師は、とんでもなくカッコいいや。

ゆっくりと散歩しながら、木陰がつらなる場所までゆく。
隣の柳は静かで、よほどプレゼントの応対で忙しかったのだろうな、て思った。


「お疲れさま、柳」

「いや、そちらこそ」

「あたし、なんにもしてないよ?」

「そうじゃなくてな」


ポン、と大きな手で頭を撫でられた。


「すまない...........気を遣わせたな」


ポンポンと数回撫でられ、そのままぎゅっと柳は抱きしめてくれた。言葉も無く、あたしは固まる。強がろうとしてうまくゆかず、どうにも行き場のなかった寂しさが、ゆっくり、ゆっくりと氷解してゆく。よかった、わがままを言わなくて、よかった。そこだけは.......甘えなくてよかった。思いがけず瞼が熱く、涙がでそうで、顔をうずめたままあたしはポケットから「はい、柳、これ.......」とチョコレートを取りだす。柳は丁寧にうけとる。凛とした彼の佇まいをイメージした深い海色の箱も、がんばって選んだ中身も、やっとこの瞬間、輝ける。包みがひらかれ、するり、とリボンが解かれる。すべての輝きが眼前に集まる。あたしは柳の腕越しに、その光景をみつめていた。涙でかすんで大好きな顔がぼやける頃、もう一回、チョコレートの箱ごと柳が抱きしめてくれた。







110214 Happy Valentine's Day&Good Job 仁王..........